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更新日:2016年2月29日

坂本龍馬のハネムーン

慶応2年3月、寺田屋事件で九死に一生を得た坂本龍馬は、西郷隆盛らのすすめで、妻お龍とともに塩浸温泉で傷をいやしながら霧島に遊び、二人の生涯で最も楽しい生活をおくりました。これが日本の新婚旅行の始まりと言われています。

幕末の志士坂本龍馬が、恋女房のお龍を伴い、この地に遊んだのは有名な話。今でいえばハネムーンのはしりでしょうか。絹ごしのようなさわやかな空気、清らかなせせらぎ、美しい自然、そして心あたたまる人の情、それらすべてが龍馬の心をとらえたのでしょう。姉(坂本乙女)にあてた手紙の一節に「げに、この世の外かと思われるほどのめずらしきところなり。ここに十日ばかりも止まりあそび、谷川の流れにてうお(魚)をつり、ピストルをもちて鳥をうつなど、実におもしろかり…(略)」とあり、龍馬夫妻は飛沫はげしい犬飼の滝を訪れ、更に神話の地高千穂峰まで足を延ばして、天の逆鉾をみて、「その形、たしかに天狗の面なり。二人大いに笑いたり…」とユーモアのある面をのぞかせています。

この年、龍馬の奔走により、西郷・大久保・木戸と会い、ここに薩長同盟を成立させるという大役を果たしています。お龍というのは、有名な「寺田屋事件」の寺田屋の養女、寺田屋は薩摩藩の船宿でした。勝海舟の使者として、西郷と会った龍馬は、その後薩摩藩の保護を受け、西郷とは公私ともどもの交際をするようになりました。また、高千穂峰に登った時、硫黄谷温泉にも泊まったと言われています。

(注)坂本龍馬夫妻がこの地を訪れたのは、慶応2年(1866年)3月のことで、二人は大坂から蒸気船に乗り込み、長崎を経て十日に鹿児島に到着。それから、日当山・塩浸・栄之尾を経て高千穂峰に登っています。文中のピストルは、寺田屋で幕吏と死闘の際に使用したものであると言われています。

坂本龍馬と霧島市のゆかりについては、「龍馬・お龍日本最初の新婚旅行地 霧島市」をご覧ください。

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商工観光部観光課観光PRグループ

〒899-4394 鹿児島県霧島市国分中央3-45-1

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