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更新日:2018年4月11日

市長コラム(平成27年度)

平成28年3月 「感動」とは感じて動くこと

坂本龍馬が京都の寺田屋で傷を負い、西郷隆盛らの勧めにより霧島での湯治に妻のお龍と訪問してから今年で150年。作家の司馬遼太郎氏は著書『竜馬がゆく』の中でこの旅を「日本最初の新婚旅行」と表現。龍馬の人生で最も楽しかったと思われる霧島の旅は、姉の乙女に送った手紙に記されています。
22年前、高知でこの手紙を見て感動した私は「薩摩龍馬会」を発足。どこにでもある里道や田園風景を観光資源に活用しながら、龍馬の足跡を歩くウオーキング大会を企画して、自ら実行委員長を務めました。
今年で20回を数えるこの大会は、地域の皆さまによる心のこもったおもてなしが大きな魅力です。今年からは指宿市や南さつま市の大会とも連携。コースの一部は九州オルレや森林セラピーのコースにも認定され、国内外のウオーキング愛好者が年間を通して楽しめるようになりました。
出会いの感動を心に留めず、感じたら動いたことにより、新たな感動が広がりました。

平成28年2月 オール霧島・元気!市民力

市民の皆さまと一緒になって地方創生を推進していくために1月11日、「霧島市まちづくりフォーラム」を市民会館で開催しました。

講演ではテレビなどでも活躍されている慶應義塾大学教授の岸博幸先生が「市民の皆さんが恵まれた資源魅力に気付き、創意工夫して新しい霧島の魅力を生み出して」と提言。

パネルディスカッションでは岸先生のコーディネートの下、市地方創生有識者会議の4人の部会長の皆さんや福山町の佳例川地区自治公民館長、第一工業大学や鹿児島工業高等専門学校の学生など7人に登壇していただき、それぞれの立場からたくさんの示唆をいただきました。終了後、岸先生は市民の皆さんの問題意識の高さを称賛されていました。

連休中であいにくの雨天でしたが関係者の努力もあり、会場いっぱいの市民の皆さまと共に地方創生のスタートを切ることができましたことを本当にうれしく思います。オール霧島、そして元気、市民力で霧島市を盛り上げていきましょう。

平成28年1月 中山間地域の活性化

本市では中山間地域における人口減対策と地域活性化を図るため、県内でもいち早く専門の担当窓口を設置し、移住定住を促進するための努力を官民協働で積み上げてまいりました。新聞でも大きく取り上げられましたように、担当窓口と通して霧島市へ移住された方は千人を超え、本市は九州の自治体で最も人気の高い移住先となりました。

2060年における本市の人口は推計で9万3千人。昨年10月に策定した霧島市ふるさと創生総合戦略の人口ビジョンでは、推計を大きく上回る13万人を目標値として設定いたしました。

その実現のためには、それぞれの地域実情に合わせた具体的な対策が必要となります。今回、牧園町下中津川地区の「ロイヤルシティ霧島妙見台」の分譲地を販売されている大和ハウス工業株式会社と中山間地域活性化の協力協定を締結しました。1区画約100坪の温泉付き土地を195万円という破格値に加え、市の移住定住補助金100万円を活用すれば1区画95万円という魅力ある移住定住策に期待が持てます。これからも具体的に新たなる挑戦を継続してまいります。

平成27年12月 ふるさと創生の実現

隼人町小田地区の工業団地造成にあたり、切り取った土は、国分上小川の京セラ国分工場の陸上競技場をはじめとする敷地造成に活用しました。完成した競技場では、京セラ女子陸上競技部が14年ぶりに霧島市で練習を開始。11月にフランスで開催された「2015パリ駅伝」で上田敏斗美(うえたさとみ)選手が日本代表として出場し、優勝に貢献しました。

一方、造成が終わった小田工業団地は、10月29日に日本郵便株式会社と日本郵便輸送株式会社との立地協定を締結することができました。さらに11月には隼人町西光寺に新たな立地協定を締結。これまで職員一丸となり雇用の拡大に努力してきた結果、霧島市になってからの立地協定件数は47件、事業所の規模の拡大された24件を含めると1,800人以上の雇用が図られる見込みとなりました。

ふるさと創生の実現には雇用の確保は必要条件です。今後も引き続き、関係機関と連携を図りながら、本市の地理的優位性や優遇制度をPRし、積極的な企業誘致に努めてまいります。

平成27年11月 ふるさとの創生に向けて

霧島市が誕生して10周年を迎えました。スケールメリットを生かし、市民の一体感の醸成に力を尽くしながら、まさに「地方創生」を先取りしてきた10年間でした。市民の皆さまをはじめ、市議会や関係機関・団体の皆さまに心より感謝申し上げます。

この間、口てい疫や鳥インフルエンザ、新燃岳の歴史的な噴火や豪雨災害など、自然の驚異にも迅速に対応しながら、企業誘致などの雇用対策をはじめ、子育てや教育環境、健康・福祉・医療分野の充実、さらに幹線道路のバイパスや橋の新設による生活基盤の充実など、「霧島市に住んで良かった。住んでみたい」と思えるまちづくりを市議会や市民の皆さまと一緒になって進めてまいりました。結果として人口減という予想を覆し、「ほぼ横ばい」という成果を導きだすことができました。

10周年を契機に、未来を見据え「市民が主役」をスローガンに、市民の皆さまと一緒になってふるさとの創生に向けた「新たなる挑戦」に臨んでまいります。

平成27年10月 ふるさとへの思い

霧島市の出身者の皆さまを中心に組織されるふるさと会は、首都圏、中部圏、関西圏、鹿児島市の4地域に11団体が組織され、さらに10月末には福岡圏域で設立されます。

ふるさと会は会員同士の親睦を図りながら、霧島市のふるさと納税や観光宣伝、移住定住などのPR活動にも支援をいただいています。中でも、首都圏のふるさと会では、新燃岳が噴火した際に義援金の支援のほかに、霧島への復興支援ツアーなども行っていただき、大きな元気をいただきました。

青年期にふるさとを後にされ、慣れない都会で一生懸命に働き、仕送りをしながら自らの生計を立て、ふるさとの仲間と励まし合い、ふるさとのために支援を惜しまない皆さま。郷土愛に満ちながらも、外からふるさとを見つめ続けた貴重なご意見をいただいています。

市民の皆さまはもとより、ふるさと会に集う皆さまや世界中で活躍する霧島人が、私たちの愛するふるさと「霧島市」の魅力を、さらに情報発信できるよう連携してまいります。

平成27年9月 自然と共存する社会へ

霧島永水に霧島木質発電所と霧島木質燃料工場が完成し、5750キロワット、一般家庭なら約1万世帯に電力を供給できる木質バイオマス発電が6月から本格稼働しました。発電の原料である間伐材の有効活用や林地残材の利活用の促進に期待が高まります。

本市では、この木質バイオマス発電所をはじめ、太陽光、小水力、風力など、再生可能エネルギーの活用が増えてきており、資源エネルギー庁が今年4月に発表した固定価格買い取り制度の市町村別認定容量は、全国2位の発電規模となっています。前回の市長選挙に臨むにあたり、市長マニフェストとして市民の皆さまとお約束しました「再生可能エネルギー100%地産地消のまちづくり」が確実に推進されています。

再生可能エネルギーの活用は、地球温暖化の防止など、自然を守り、自然と共存する社会を目指すものです。これからも、自然環境への配慮が十分になされ、地域住民の皆さまのご理解が得られた事業者の取り組みを支援してまいります。

平成27年8月 国際空港のあるまち

中心市街地の活性化と市民サービスの向上を図る目的で市民サービスセンター「コア・よか」を開設して8年が経過しました。証明書発行や税金などの収納事務のほか、子育て支援センターも併設し、夕方は午後7時まで、休日も利用できます。パスポートの申請や受領ができるのも魅力です。

近年、鹿児島国際空港の上海、香港、台北、ソウルの定期4路線を利用した訪日観光客は年間10万人を超え、年々増加傾向にあります。一方、平成25年の鹿児島県の出国者数は、7万1476人、人口に占める出国者の割合は4.3%で全国43位。平成26年の県民のパスポート発行率も1.4%で全国42位にとどまっています。

薩摩藩は150年前に国禁を冒し英国に留学生を派遣するなど、歴史的にも海外に広く目を向けていた地域です。県や市では一定の要件を満たす渡航者に対して、渡航費の一部を助成しています。

国際空港のある霧島市からもっと海外へ出掛けてほしいと思います。

平成27年7月 追体験から学ぶこと

戦後70年にあたり、今年4月、天皇皇后両陛下がパラオ共和国を訪問され、戦没者の慰霊と平和を祈念されましたことに、深い感銘を受けました。

私は、学生時代に友人らと「日本青年遺骨収集団」を設立。昭和46年にサイパン島やテニアン島へ、2年後にはアンガウル島などパラオ諸島を歴訪。自らの手で幾千もの遺骨を収集し、荼だ毘びに付して東京の千鳥ケ淵戦没者墓苑に納めました。私たちの活動が国の遺骨収集などの戦後処理業務を加速させたことを昨日のことのように思い出します。

戦争を知らない世代には、体験者の方々の話を聴いたり、溝辺の上床公園や自衛隊国分駐屯地の資料館、大隅横川駅の柱に残る弾痕などを見るなどして、戦争の悲惨さや平和の尊さを語り継いでいくことが必要です。

平和への学びをより深くするのが戦跡での「追体験」です。その場の空気を体で感じ、当時の苦難をしのびながら、平和な社会を維持するために努力されている皆さまに感謝し、恒久平和を願わずにはいられません。

平成27年6月 地域力で夢を実現する

霧島神宮前の観光案内所下から霧島小学校下にかけて広がる霧島川沿いの美しい渓谷は「霧島神水峡」と呼ばれ、旧霧島町時代から遊歩道の整備が望まれていました。

霧島市が誕生し、地質から霧島山を磨き直すジオパーク活動に取り組む中、「霧島神水峡」にある高さ40メートルにも及ぶ溶岩壁は、今から約1100年前の御鉢の噴火により流れ出た溶岩が、冷えて固まるときに六角形の柱状になる柱状節理(ちゅうじょうせつり)であると判明しました。

霧島地区では「霧島神水峡」に光を当てようと、ふるさと霧島夏祭り実行委員会の青年たちが現地調査を繰り返し行い、地区自治公民館や地域審議会、神宮前通り会など地域のさまざまな組織を巻き込みながら、私にジオサイトとして遊歩道整備の必要性を訴えてきました。その渓谷美の迫力にも劣らない地域の青年たちの情熱と行動力が市と県を動かし、平成27年3月、遊歩道の完成に至りました。

祝賀会では遊歩道に魂を込める地域の皆さんの熱い語らいに花が咲きました。

平成27年5月 衝撃の赤い花

霧島を原産とし、真っ赤な花を咲かせるキリシマツツジは、庭木として珍重され、江戸時代に藩邸などを通じ全国に広まりました。

中でも石川県能登地方では大切に受け継がれ、花を生かした地域づくりが展開されていました。その活動に感銘を受けた元霧島市議会議員の池田靖さんは、衝撃の赤い花に魅せられ、仲間と霧島連山稀少植物保全調査会を立ち上げます。私も一緒に全国の保存地域の方々と連携を深め、4月に「第2回全国キリシマツツジサミット」を本市で開催し、成功させることができました。

また、最近になって市内で樹齢約200年の古木が発見されるなど、市民の関心も高まっています。

さらに、市内の協賛企業のご協力により能登地方で育った古木が里帰りし、市役所前と国分中央高校に植栽されました。同高の園芸工学科では挿し木による増殖の研究も始まりました。キリシマツツジが取り持つ縁で友好の絆が深まり、花に魅せられた人々の心に情熱の花が咲き始めました。

平成27年4月 地域の元気につなげる

龍馬ハネムーンウォークも今年で19回目を迎えました。坂本龍馬が妻お龍との霧島の旅をしたためて姉の乙女に送った手紙に感動した私は、平成6年に仲間と薩摩龍馬会を発足させ、明治維新の原動力となった薩摩と龍馬を切り口に地域活性化を模索します。平成9年には「日本最初の新婚旅行」の足跡をたどる第1回ウォーキング大会を開催しました。霧島市の誕生とともに、旧霧島町で開催されていた菜の花ウォークをまとめ、隼人コースを新設して現在に至ります。

今年は延べ3460人が参加。全ての回に参加されている方や、これまでの大会ピンバッジをたくさんつけた帽子をかぶり「全国のウォーキング大会でここが日本一です」と駆け寄って来られる方も。

どこにでもある里道や田園風景が参加者の心を引き付けるのは、龍馬が霧島を訪れたという史実と地域の皆さまの心のこもったおもてなし。来年は20回の節目であり、龍馬が来訪して150周年。さらに地域の元気につなげてまいります。

お問い合わせ

総務部秘書広報課広報グループ

〒899-4394 鹿児島県霧島市国分中央3-45-1

電話番号:0995-64-0955

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